2018年4月25日水曜日

さよなら、衣笠さん!


衣笠祥雄氏が永眠された。 
敬愛する数少ないプロ野球選手、というか知人だっただけに、残念でならない。

衣笠さんとは生前、取材対象者として何度かお話しをうかがったばかりか、自分たちで手づくりした野球場・ドリームフィールドで開催した「草野球甲子園」の名誉会長に就任していただいて、同じグラウンドで野球を遊んだり、大会後の宴席で酒を酌み交わしたりと、”一線を越えた”お付き合いをしていただいた。 

草野球甲子園は、チームの強弱も年齢も性別も問わず参加できたから、グラウンドでは滑稽なプレイが続出して、笑いが絶えないような大会だった。 そんな大会の名誉会長を快諾してくれたように、衣笠さんは本当に野球が好きで、凡ミス続出の「なってない」ゲームにも眉をひそめることもなく、その遊びごころに同期して一緒に喜び愉しめるような人間力があった。 

酒席のテーブルを囲んでいても、ただ横にいるだけでその優しいオーラの温みが伝わってきて、得も言えぬ至福感を与えてくれる方だった。 

最初にお会いしたのは、衣笠さんの現役時代を支えたトレーナーFさんの御宅だった。
元カープのストッパー津田恒美の死に突き動かされるように、プロ野球選手のアクシデントや病死にまつわることを各球団のトレーナーに取材していた頃で、たまたまの流れで衣笠さんがゲストのような宴に招かれたときのことだった。 

テーブルの話題がいつか津田のことになって、Fさんが担当トレーナーとして、「もっと力になってやりたかった」と悔やむように吐露したとき、衣笠さんがひとこと声をかけた。
 「仕方ないだろ、ひとには天命があるんだ」と。 
それは突き放すようでいて、いたわるような、なんともいえない情感がこもったことばだった。

そう、ひとには天命がある。 でも、あなたの死を「仕方ない」と、素直に認められる心境ではないですよ、衣笠さん…。 

いまあらためて、草野球甲子園大会で始球式をしていただいたときの写真を引っ張り出してきて眺めている。
故人を偲ぶよすがという意味では、この写真は僕にとっての遺影となってしまった。 

そういえば、映画「フィールド・オブ・ドリームス」に感化されてドリームフィールドをつくり遊んでいたとき、映画のストーリーのように、衣笠さんの背後のセンターの向こうに架けた橋を渡って、かつての名選手たちの霊が現れて、この球場でゲームを愉しむというシーンがいつも脳裏に映じていた。 

もちろん津田恒美も、このマウンドに立っている。沢村栄治もスタルヒンもやって来た。 その選手たちの世界、橋の向こうの世界に、とうとう衣笠さんも逝ってしまわれた。 

いまはもうドリームフィールドはなくなってしまい、衣笠さんを、あのようなかたちで迎えることはできなくなってしまった。 
それでもこの写真があるかぎり、脳裏のドリームフィールドにいつでも衣笠さんは現れてくれることだろ。
その意味では、この“遺影”を残せたことを誇りに思う。 

こんどは衣笠さんの番ですよ。
僕があっちの世界に行ったら、津田や長谷川良平さんや三村敏之さんとかと野球場で迎えてくださいね。 

「あっ、ヘボな野球好きがとうとう来たよ! あーはっはっ」と、あの高笑いをしながら…

 その日を楽しみにしています。 合掌