2016年11月6日日曜日

ズムスタのマウンドに見た神の影


いきなりそのドラマチックなシーンを目にしてしまったからでしょう、すこし混乱してしまいました。
優勝報告会のセレモニーで、ズムスタのマウンドの縁に片膝立てて黒田博樹が俯いていた、あの光景です。

ホームベースからのセンターラインを意識してポジションを取ったそれは明らかに祈りのポーズでありながら嗚咽している様子でもあって、彼の心の動きがはっきりとはつかめませんでした。
ただ得も言えぬ感動だけが伝わってくる、不思議な光景…。

あらためてネットで動画を探して、その経緯が初めてわかりました。

黒田投手がファンに感謝を込めて、ゆっくりとスタンドを一周しながらボールを投げ入れてから、新井貴浩選手に促されてマウンドに行くと、そこに待ち兼ねたチームメイトが集まっていて、彼の背番号「15」にちなんで15回の胴上げ。

その感動の余韻の中でチームメイト一人ひとりと抱擁し終わった彼が、感極まってそこにうずくまった、ように見えました。

セレモニーの中での挨拶でも、必死に涙をこらえている様子がうかがえましたから、それまで抑えていた感情が、そのとき堰を切ったように溢れてしまったのでしょう。

そう思っていました。

ところが一夜明けて、朝の新聞でその報告会の模様を報じる記事を読んで、ほかに彼の気持ちを動かした要因があったらしいことを知りました。

「ずっと野球の神様がいると思ってやってきた。20年間のお礼をした」

これがことの真相だったのです。

もちろんチームメイトとの別れ、スタンドのファンへの思いもあったのでしょうが、野球の神様にお礼をしたそのとき、彼ははからずも涙してしまったのです。

「ありがとうございました」と彼が告げたのに、きっと野球の神様から何かを伝えてきた気配があったのでしょう。

「お疲れ様でした」

「よくやった」

ことばにすれば、そんなことだったのかもしれません。

野球シーズンの最後で優勝を体験できたように、野球人生の最後にはっきりと野球の神様の存在を確認できたことで、彼の涙腺は破れてしまったのではないでしょうか。


これまで黒田博樹という男をウォッチしてきたことに重ねて、ことの経緯を思い返してみると、ある考えに至りました。

「黒田博樹という投手の選手生活は、このズムスタのマウンドに魂を吹き込むためにこそあったのではないか」

そんなことすら思い浮かべてしまうほど、あの黒田投手の行為は確信に満ちたものでした。

唐突に思えるかもしれませんが、彼の来し方、発言や行動をふりかえってみると、やはり「ただものではなかった」という感が強いのです。

彼の野球人生は彼自身が語っているように、未来に明るい展望が見えていたわけではありませんでした。
高校時代はずっと補欠選手であったし、プロでもどこまで活躍できるかわからないような投手。まさかここまでの選手になろうとは、まわりも本人も考えていなかったはずです。

でもいま逆に、この黒田博樹の野球人生をさかのぼってみれば、そうとしか思えないほどの見事な軌跡を彼はなぞってきたように見えます。

『一歩ずつ確実にゴールに向かって来た人生』
その最後があの行為だったのですから、そう思わざるをえません。

彼はあの行為に先立っての花束贈呈で、マウンドの上でやろうとした新井選手を制して脇でやってほしいと促していました。

きっと、ずっと前から黒田投手はこの神聖なマウンドで、この“儀式”をしよう、いや、しなくてはならないと考えていたのでしょう。

もしかしたら、自分の魂はそのために生まれたきたことを、彼の潜在意識は知っていたのかもしれません。

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カープが以前本拠地にしていた広島市民球場が解体されたとき、行政レベルでは鎮魂のための儀式は一切行われていません。
また、新広島市民球場“ズムスタ”に移るに当たっての入魂の儀式も、たぶん公には行われていなかったはずです。

その儀式を黒田投手がしてくれた、今ははっきりそう理解しています。

思えば1987年に衣笠祥雄氏が現役を引退するにあたって、彼は球場のマウンドから野球の神様に語りかけ、感謝の気持ちを表明していました。

あのとき彼が広島市民球場に降ろした野球の神様は、まだそのままあたりに彷徨っていたのです。

それがようやくきのう、黒田投手の感謝と祈りとによってズムスタに降りることができた。
衣笠祥雄と黒田博樹という二人の偉大によって、ようやく旧広島市民球場の鎮魂と、新球場の入魂は叶ったことになります。

だとすれば、黒田博樹は本当に素晴らしいことをしてくれたことになります。
ぼくはいまそれを信じていますし、とてつもない彼の偉大にいまさらながら驚き感動しています。

「黒田博樹よ、お前は何度おれを泣かせれば気がすむんだ!」

ネットのコメントか何かで見つけたフレーズ。
ここ最近のお気に入りの言葉でした。

このことばを、いま借り物としてではなく自分のことばとしていいたい思いでいっぱいです。

「黒田博樹よ、お前は何度おれを泣かせれば気がすむんだ!」と。

そして、野球の神様にもいわせてほしい。

「黒田博樹という素晴らしい選手を、本当にありがとうございました!」

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