2016年10月23日日曜日

日本シリーズの熱気は海を越えて

「カープ、やっぱ強いわ」

4回裏に鈴木誠也が二塁からの送球をかいくぐって奔馬のごとくホームプレートを滑りぬけて先制してからは、終始そんな感慨が頭に浮かんでいた。

陳腐な表現だなと苦笑しながらも「横綱相撲」という言葉がずっと額に張り付いてはなれなかった。
実際にがっぷり四つに組んでみての手応えから、そんな印象を持ったからだろう。

 北海道 000000100 1
 広 島 01020020X 5
  勝 ジョンソン1勝
  負 大谷
   本塁打 松山1号 エルドレッド1号 レアード1号

ファイターズファンには承服しかねるだろうが、チーム力にはかなりの差があるように思った。(もちろんベタな力の差というんではなくて、現時点でのという但し書き付き)

直近では、ベイスターズと戦ったクライマックスシリーズで、「カープ、やっぱ強いわ」は再認識していた。
しかしそれは同一リーグのペナントレースで大差をつけて退けていたチームが相手。
終盤に苦戦していたとはいえ、もともと「格がちがう」チームだった。
だからそれを再確認したということでもあった。

しかしこのシリーズの相手は、パ・リーグの覇者。それもあのソフトバンク・ホークスを、奇跡的な追い上げで“まくって”しまったチームだ。

その結果が、「カープ、やっぱ強いわ」ということになった。
もちろんジョンソンの好投とか、中田翔の不調とかこの試合にかぎってのファクターはあったが、両チームの戦力差は選手や首脳陣はもちろん、ファンも感じたのではないだろうか。

シリーズはまだはじまったばかり。
いきなり結論めいたことをいっては詮無いことになるが、それが実感だ。

ファイターズの力は、こんなものではないだろうし巻き返しを期待したいが、現時点では4勝1敗でカープという予想をしておきたい。

それにしても、カープの攻撃はねちこい。
打てなければ足でかきまわし、先制すれば一発で突き放し、追い上げられそうになればカウンターパンチの追加点。
エルドレッドのホームランですら霞んでしまうほど、ゲームの雰囲気は終始カープにあった。

戦前は大谷投手の165キロのストレートが真っ赤に燃えるカープ応援団のスタンドを真っ青に凍らせてしまうのではないかという危惧があった。

また、そうなればスタンドの喧噪とは別次元で、ガチの攻防が楽しめるのではないかという期待もあった。

しかし彼のストレートが165キロを計測できなかった、あるいは完投を考えてあえて出さなかった時点で、ゲームはすでにカープの方に傾いていたのだろう。

いまだからいうわけではないが、正直、カープ初優勝時に対戦した阪急ブレーブスの山口高志投手の方が大谷投手よりは体感的には速かった。

とにかく山本浩二、衣笠祥雄をはじめ各バッターがまったく打てないばかりか、バットに当てることすらできなかったのだから。

ボール気味の高めの球をことごとく振りにいって、空しいスイングを繰り返し、きりきり舞いさせられていた。

山口投手の球速は、たぶん150キロあまりだったはずだ。
それでも手も足もでなかった。

彼の指を離れたボールは、そのままミットにおさまってしまう、そんな速さだった。
いや、「指を離れる」なんて悠長な時間さえないように見えた。

昨夜のゲームを観ながら、もしあのシーズンの山口高志がメジャーのマウンドにあがっていたらどうだったろうか、そんな「たられば」を想像してみたりしていた。

大谷投手は、いずれメジャーに挑戦する。
メジャーが手ぐすね引いて待っている投手だ。

カープというチームを物差しにしたとき、その大谷投手より現時点では上に見えた投手だ。
短期限定という条件付きだが、たぶん山口投手は「通用していた」だろう。

そんな彼の姿を、中継の映像に重ねながら想像していた…

                 

ダッグアウトを出て、ひとりの男がマウンドに向かっている。
170センチたらずの、“ちびっこ”だ。
大男の世界でもあるメジャーでは、異形としかいいようがない。

その男は寿司屋のおやじがトロでもにぎるように、てきぱきと投球練習をすませた。
そしてプレイボールの声がかかると、ちいさなからだをさらな屈めてキャッチャーのサインをのぞきことんだ。
といっても、そんなものはかったちだけのことだ。
どんなサインでも球種はすべてストレート。それはバッテリー間の約束事だった。

ツーアウトでランナー一、三塁。点差は1点。塁上のランナーが帰れば逆転の場面だ。

しかし山口はまったくランナーを気にするそぶりも見せずに初球を投げ込んだ。
分厚い胸板が反り返って、獣じみた膂力がむき出しになった。

高めのストレート。
白球は軌道を描くことなく、点のままキャッチャーミットにおさまった。
バッターは仰向いて窮屈そうにスイングしたが、ボールはすでにポイントを通過している。

その空しいスイングの間に、一塁ランナーは二塁を盗んだ。
しかしその盗塁が、まったく空しいものであることをランナー自身も心得ている。

「ヤツも打てやしないさ」
それを山口の投球を見た瞬間、了解してしまったからだ。

2球目を、山口が投げた。
また同じコース、同じ高さだ。

バッターも同じスイングをした。
ファッキンな高めのクソボールだ。
それでも、ついバットが出てしまう。

「わかっちゃいるけど」というやつだ。
バッターの本能というのだろう。
打てないことはわかっていながら、打ちたくなる球なのだ。

リリースの瞬間は、ストライクゾーンに「落ちてくる」るはずだった。
どんなに速いストレートも実際には、落下しながら来るからだ。

「ところがヤマグチのストレートときたら、そのまま落ちずに来るんだぜ」

口づてに聞いたメジャーリーガーたちの評判を、苦い唾液が口腔に広がったようにようにバッターも思い出していた。

これでノーボール、ツーストライク。
配球も読みもあったもんじゃない。

バッターは瞬く間に追い込まれた。
彼は乾いた口の中で、苦い唾液を飲み込んだ。

かつて経験したことのない緊張が、からだを走った。
たかがグラウンドでのゲームで、息の根を止められてしまう。
そんな絶望感といってもよかった。

もうすでに勝負はついていた。

「ど真ん中にストライクを取りに行っても、ヤツは空振りするだろうよ」

二塁ランナーの頭の中に「帰塁」のことなどこれっぽっちもなかった。ひとりの観客としてマウンドを見つめていた。

「ヒットマンがヤツをどのように始末するか、もう見届けるしかないじゃないか」

マウンドのヤマグチが、振りかぶった。
そして、テキパキとモーションを運んで、あの分厚い胸板を反らした。

いよいよ仕留める。撃鉄に指をかけたのだ。
そして、「ズギューン!」

ヤツがボールをヒッチした瞬間、たしかに硝煙の匂いがしたようだった。
「きっとヤマグチの指が摩擦で牛皮を焼いたんだろうさ」

白球がミットに消えて、それでおしまい。
その間に、バッターが立っていた、それだけのことさ。

山口は何事もなかったかのようにマウンドを降りて、キャッチャーと握手した。
そしてようやく表情をゆるめた。

「そのとき、ようやくヤツがこどもだったってことを思い出したよ。たった5.5フィートのガキだぜ。そいつがいまメジャーを席巻してるんだ」

あきれ顔で二塁からダッグアウトにもどっていった二塁ランナーは、バットを放り投げてヤマグチを振り返ったバッターの肩をたたきながらつぶやいた。

「いつか機会があったら、お前のぶんのサインももらっておいてやるぜ!」

                   

これはあくまでもたらればの空想だが、山口高志投手に託して夢想したこんなシーンを、いつか大谷投手はメジャーのマウンドで見せてくれるはずだ。
メジャーの選手にもひけをとらない、立派な体格の偉丈夫として。

まだまだ進化するであろう彼が、メジャーでどんなピッチャー像を見せてくれるのか、今から楽しみだ。



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